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| 第13回(2004.02.23) |
「労働神話」 言葉は人間が作り出したもの。「マイノリティ」を広義で言うとフィリピンやアフリカの奥地で原始生活をしている人たちもマイノリティです。しかし彼らはそれで何不自由なく暮らしています。彼らにはマイノリティだのマジョリティ云々は関係ないのです。「文明」社会にだけ適応する言葉のなんと多いことか。 まず労働神話を崩すこと。労働対価=お金。労働することが生き甲斐であり、社会貢献することになる、と信じてる人間が殆ど。これを悪用しているのが一部の福祉団体です。福祉団体は非営利団体となっていますが「労働神話」の権化で、実際は障害者に配給される報酬は小遣い程度です。これでは自立生活なんて出来ません。その利益の大部分は団体にピンハネされ、しかも団体は所得税を免除されています。障害者が自立していこうとすると、体を酷使していかなければなりません。元々機能不全なのに無理がたたり、さらに障害が悪化し寿命を短くします。「労働神話」を人間に信じ込まさせているのは「社会」というシステムです。いつからか人間は「社会」というシステムの奴隷となってしまっているのです。映画「マトリックス」や「ターミネーター」の訴えるところです。 労働神話の破壊を唱えましたが、私も労働神話、経済神話に毒されている訳で、パラノイアになりそうです。お金が目的でも仕事がしたいわけでもなく、楽して遊びたいためにお金が要る。お金を得ようとすると労働しなくてはならない。健常者がせっせとお金を得るために労働しているのに、障害者や老人にタダ飯喰わしてくれないのは当然と言えば当然です。障害者の一部が「健常者社会」と批判していますが、しかし、これは本質を見誤っているのであり、人間全体が現社会システムの悪循環に気づくべきです。このままいくと人類全体が破綻するのは目に見えています。数年後にはアメリカも高齢化社会に突入する訳で、安閑としてられない状況なのです。「社会システム」そのものを見直す時期に来ているのです。 |